SS

関係：先生と生徒
場所：社会科準備室
内容：「キスしたい」という私と、「学校ではしない」ときっぱり断る先生の話。


なーんとなく書き始めました、今回のSS。「キスするなら、どうぞ、好きにするがいいさ」みたいな態度に出る先生、というネタはだいぶ前からあたためてましたが、どうにも短編にするのが難しいな、と思ったのでSSにしてみました。
最初の構想とちょっと違った感じになってしまいましたが、なんだかんだ言いながらも先生が生徒に惚れちゃってるサマを笑っていただければ……(笑)

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　++ 少しだけ ++

　誰もいない放課後の社会化準備室。質問と称して、私は先生に会いに来る。夜になれば電話で話せるし、授業で顔を見ることもできるけど、それでは全然もの足りない。
　先生は用事をしていて、話しかけても「うん」や「ああ」としか返してくれないけど、それこそが先生の空気らしくて私は好きだ。
「あ、そうだ、先生……」
「ああ？」
　生徒が提出したノートをチェックしている先生の耳元へ口を寄せる。
　吐息を多く含ませて「キスしたい」と囁いた。
　先生はノートから少しも目を離すことなく、「しない」とはっきり返してくる。
「学校では絶対にしない」
　さらに、先ほどより長い言葉を追加してきた。
「そんな気分なんだけどな……」
「知るか」
「ムラムラ……と、こない？」
「全く」
「襲っても、いい？」
　しばらく待ったけど返事がないから、先生に後ろから抱きついた。顎にぽつりぽつりと生えている不精髭を指の腹で撫でる。
「これでも、だめ？」
　先生がボールペンを置く。
　ついにきた、と私は先生がキスをしやすいような位置に顔を向けた。ついでに目も閉じてあげる。
「そんなに……したいのか？」
　先生の声が近い。
　目を閉じたままうなずく。
「好きにしろ」
「……好きにしろ？」
　私は思わず目を開けた。
　間近に先生の顔がある。目が合う。
「して、くれないの？」
「お前がすればいい」
「私から？」
「そう」
「うーん……わかった」
　先生から離れる。
　先生は椅子を回転させて私のほうを向いた。
　上体をかがめて、先生へと顔を近づける。先生が目を閉じた瞬間、妙に気恥ずかしくなって背筋を伸ばした。
「……やっぱり、いい」
　からかうように先生が笑う。
「どうした？」
　余裕ぶった先生の表情に、心の奥の反抗心が湧きあがる。
「そういう気分じゃなくなっただけ」
　外を見るふりをして窓に近づきながら、先生から目をそらせる。
「気が済んだか」
　そう言ったきり、先生は何も言わない。気になって振り向くと、作業の続きにとりかかっていた。私のことなど本当に全く気にしていないようで、黙々とノートをめくっている。
　なんだ、本当にどうでもいいんだ――。
　窓の外へ目を向けたとたん、後ろから低い声が聞こえてきた。
「俺もしたくないわけじゃない」
　そんな先生の声に振り向いたけど、あいかわらずノートから目を離さない。だけど、声はさらに続いた。
「ここは俺の『職場』だからな。公私混同はしたくない、というか。まあ、まだわからない、か……」
「その『職場』で公私混同して彼女を作ったくせに？」
「特別扱いはしていないし、公私混同もしていない」
　心外だ、とばかりに先生は少し声を荒げる。
　謝ることもできず、私はあいまいに「まあ、ね」と返す。
「わかった。我慢します」
　先生は嬉しそうに微笑み、
「俺の我慢も、どこまでもつかはわからんがな」
　私を手招く。
　近づくと、そっと手を握られた。
「職場ですよー、先生」
「……少しだけ、だ」
　からかうように言うと、少しバツが悪そうに先生が笑った。


　◇終◇


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