某所でのとある方のリクエスト・その２

関係：教師と生徒
舞台：テスト前、科学準備室
内容：自分のクラスの担当ではない科学教師に科学を教えてほしいと頼む生徒
　　　(↑ちょっと説明が難しいのでわけがわからないとは思いますが……)

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　++ 教えて ++

「また来やがったか」
　科学準備室へ入った私を見るなり、コーヒーの入ったマグカップを置き、長身を活かして見下ろしてくる白衣の先生が一人。
「先生、教えてください」
　先生の態度に、本当の怒りがこもっていないことは知っているから怖くない。
　先生は、空席の机を苛立たしげに人差し指で叩く。
「お前は、どうして、担当の先生がいる時に来ないんだ？」
「私が来る時はいつもいないんです」
　何も言わず、しばらく指で机上を叩いていた先生は、やがてゆっくり頷いた。
「ああ、そうだ。いなくなるとお前が来る」あと二十分しか昼休みがないことをつげる時計を見上げ先生は、
「そして、俺の昼休みは奪われる」
　と続け、見せつけるようなため息をついた。
　奪われる、ということは今日も先生はきちんと質問に答えてくれるらしい。私のクラスの担当ではないのに。
「追い出せば？　担当の先生がいる時に来い、ってさ」
　先生がどう答えるのか興味があった。なにより、追い出さない先生の態度に少しだけ期待していた。
　自分の席に座った先生は、白衣のポケットからボールペンを取り出し、ヘッドの部分でこめかみを掻いた。苛々している様子は消えている。
「俺も科学教師だからな……。担当じゃないから追い出す、なんて大人げないことはしないさ」
「じゃあ、今日も教えてくれる？」
　ボールペンで机の空いたスペースを叩く先生。教えてやるからさっさとしろ、と言っているような気がした。
　隣の席のイスを引っ張ってきて座り、机上に今日の授業で配られたプリントを広げた。わからない問題にはすでにシャーペンで丸をつけてきている。
「この丸は、わからないところ、だな？」
「そう、ですけど」
「ちょっと……多くないか？」
　丸をつけた問題と時計を先生の目が何度も往復する。時間的に難しいのだ、と私にもわかった。
「全部じゃなくてもいいよ」
「ああ、さすがに全部は……」そこまで言って先生は教員用教科書を引き寄せた。ボールペンを白衣に戻し、ペン立てに入っていたシャーペンを取った。
「ちょっと待ってろ」
　教科書を広げた先生は、丸をつけた問題の横に教科書のページ番号と簡単なメモを書いていく。
　昼休み終了まであと五分。先生が教科書を閉じた。
「とりあえず、教科書を見ながらこれでやってみろ。わからなければ……また、来い」
　投げるようにシャーペンをペン立てに入れた先生は、手をブラブラと振り始めた。急いで書いたせいで手がだるいのだろうか。
　メモの散らばるプリントを机から取り、ぎゅっと胸に抱きしめる。
「先生、ありがとう。本当はチューでもしてあげたいくらいだけど」
「そんなもんに興味はない。点数で返してくれりゃいい」
「了解です。がんばります」
　手を額にあてて敬礼のポーズをとる。
　準備室を出ようとドアに手をかけ、自分のやる気を起こすべく、
「私がいい点数とったらお返しになる？　先生も嬉しい？」
　振り向いて先生に聞いた。
「はいはい、嬉しいですよ」
　適当に答えながら、先生が追い出すように手を振る。
「うん、がんばります」
「……まあ、適度にな」
「じゃあ、失礼しました」
　先生が最後に呟いた言葉と、優しいメモが溢れるプリントを胸に抱き、ドアを閉める。
　廊下に誰もいないのを確認してから、私はそっとドアに口付けた。


　◇終◇

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